『 想い人 ― (2) ― 』
長年 海の側に暮していると、潮騒やら海風に揺れる木々の葉擦れの音は気にならなくなる。
それどころか、外から帰ってきてそんな音が聞こえるとかえってほっとしたりもするものだ。
ああ ・・・ ウチに帰ってきたのよねえ ・・・
フランソワーズは車の微動に身をまかせつつ 少しだけ窓を開けた。
「 ・・・ 暑いかい? 」
隣の運転席から ジョーが低く訊ねた。
「 ジョー ・・・ ううん ・・・ 海の音、聞きたいなあって思って ・・・ 」
「 海の音 ? 」
「 ええ。 波とか風の音 ・・・ 帰ってきたなあ〜って思うから。 」
「 ・・・ ああ そうだよねえ ・・・ ウチの匂いってカンジだ 」
彼もちらり、と海に視線を飛ばす。
対向車もない田舎道、彼の運転する車だけが轍の跡を描いてゆく。
「 ・・・ずっと眠っているかと思ってた。 」
「 ふふ ・・・ ずっと眠ってたわ? ウチの音 がして目が覚めたの。 」
「 ・・・ ふふふ ウチの音か・・・ 」
「 うん。 ・・・ あ ・・・・ 長い長い一日だった・・・ ! 」
彼女は助手席でうう〜〜ん ・・・ と大きく伸びをする。
「 ふふふ ・・・ お疲れ様。 きみ、今が一番いい顔、してるよ。 」
「 そう? 一番ユルんだ顔なのじゃない? 」
フランソワーズはミラー越しに 夫に微笑んだ。
「 いえいえ ・・・ < そしてジゼルはシアワセに暮しました > って顔だよ。 」
「 まあ ・・・ ふふふ ・・・ でもそんな気分かも ・・・ 」
「 今夜はゆっくり寝ることさ。 明日の朝は レッスン、休みなんだろ? 」
「 い〜え。 ちゃんと朝からクラスはあります。 ・・・ わたしは < おやすみ > ですが。 」
「 はい 了解。 ・・・ あのさあ。 今更ですが。 」
「 はい? 」
「 ぼく ・・・ 今更ですが。 感動しました、フランソワーズ・アルヌールさん! 」
「 え ? 」
「 ですから。 きみのジゼルに感動しました。 あんな風に想われたら
男冥利に尽きますなあ〜 」
「 おとこみょうり? 」
「 あ え〜と・・・・? オトコとしてすご〜く満足、ってことかな 」
「 まあ ・・・ そう? 」
「 ウン。 それに ・・・ ぱーとなーしっぷ も宜しかったようで・・・ 」
「 ぱーとなーしっぷ?? ・・・まあ タクヤとの踊りのこと? 」
「 そ。 アイツだろ? その・・・ すばるにちょっと毛が生えたくらい なヤツって。 」
「 そうよ。 ねえ すごく彼、よかったわよねえ? 一緒に踊って・・・ 感じたもの。
それにラスト ・・・ タクヤってば本気で泣いてたのよねえ ・・・ 」
「 え。 き きみと踊りながら?? 」
「 ううん ・・・ わたしが消えたあと よ。 お墓の前で。 」
「 ああ。 そう ・・・だったのかも ・・・ 」
「 うふ ・・・ わたしも泣いたのよ。 彼との別れが辛くてつらくて ・・・ 」
「 え。 ヤツとの別れが ?? 」
「 いやだわ、そうじゃなくて。 ジゼルはねえ もう二度とアルブレヒトとは踊れないのよ?
想いの丈を込めて 最後の踊りを踊るのよ ・・・ 夜明けの鐘がなるまで ・・・ 」
「 ・・・ ふ〜ん ・・・ 」
「 わたし ずっと 『 ジゼル 』 を踊るのが夢だったの。 そのためにバレエを続けていたわ・・・
だから・・・ 今夜は本当に 本当に幸せだったわ ・・・ 」
ほう −−− 深い、ふかい吐息をもらすと、彼女ははるか彼方に視線を向ける。
・・・ ミシェル ・・・ 見ててくれた ?
お兄さん ・・・ 見ててくれた?
わたし やっと・・・ 『 ジゼル 』 を踊り終えたわ ・・・
兄さん ・・・ ミシェル ・・・
( いらぬ注 : このあたりの経緯は拙作 『 やくそく 』 でどうぞ♪ )
キュ ・・・ 微かのタイヤの音をさせ、ジョーは家への坂道へとハンドルをきった。
「 ぼくが いるから。 ずっと ここに。 」
すっと左手が伸びてきて 彼女の右手に触れた。
「 ・・・ ジョー。 ・・・ わたしも。 わたしもここに居るわ ・・・ずっと ・・・ 」
「 ― ん。 」
フランソワーズのジゼルは 今 静かにそして穏やかに永遠に眠りについたのだった。
「 さあ。 ウチだ。 ぼくらの ― 還るべき場所 さ 」
「 ウン。 ・・・ チビたち ・・・ 大人しく寝たかしらね〜 」
「 あは。 う〜ん・・・ すぴかはもう白河夜船だろうけど ・・・ すばるは ・・・? 」
「 そうねえ ・・・ 張大人を困らせているかも ・・・ 」
「 ははは ・・・ でもいくらなんでももう寝ただろうさ。 え〜と 荷物、そのバッグの他は
トランクのヤツだけ? 」
「 ええ。 全部纏めたから ・・・ 」
「 うん。 じゃ ガレージに入れてくるから。 」
「 お願いね。 わたしはコレを洗濯機に放り込んで ― お茶をいれておくわ。
? 博士? 着きましたよ 〜〜 」
フランソワーズは後部座席の博士に声をかけた。 博士はどうやら眠りこんでいたらしい。
「 ・・・ ん ・・・・? ・・・・ あ ああ ・・・すまんな、すっかり眠ってしまった・・・ 」
「 お疲れでしょう? ごめんなさい、遅くまで・・・ 」
「 いやいや ・・・ 身体よりも心地良い感動の疲れ、とでもいうかの。
本当に 今日はいいものを見せてもらったぞ フランソワーズや・・・ 」
「 ・・・ 博士 ・・・ 」
「 これからも ・・・ 頑張りなさい。 いくらでも応援するから。 」
「 ありがとうございます ・・・ 」
「 さあ さ、 チビさん達がお母さんをおまちかねじゃろう。 」
「 はい。 うふふ・・・ きっともう眠っているかもしれませんわ。
あ・・・ 博士、 お足元に気をつけて 」
二人は ゆっくりと玄関まで歩いてゆく。
「 ― ただいま。 」
「 戻ったよ ・・・・ 」
トタタタタタタ ・・・ ! パタパタパタ ・・・・!
玄関の中に入ると 小さな足音が飛んできた ―
「「 おとうさん〜〜 おかあさ〜〜ん おじいちゃま 〜 おかえりなさい〜 」」
亜麻色と茶色のアタマが パジャマ姿で駆けてきた。
「 まあ あなた達 ・・・ まだ起きていたの? 」
「 ほい ただいま。 おや もうとっくにオネムなのではないかな〜 」
「 へいき! おかあさんがかえってくるまでねないの! 」
「 ねないよ〜 おかあさん、僕 にんじん 食べたよ〜 」
「 ほっほっほ〜〜 はい おかえり。 お疲れさんやったな〜〜 」
張大人がまだ白いエプロンをつけてままのんびりとでてきた。
今日は彼が < 張々湖飯店 特別めにゅう > をつくりに留守番に来てくれたのだ。
「 ただいまかえりました 大人〜〜 ありがとうございました。 」
「 アイヤ〜〜〜 ワテも楽しかったデ。 ほいほい 熱々の飲茶、でけとりまっせ〜 」
「 まあ 嬉しい。 あ ・・・ わたし、子供たちを寝かせてきますね。
さあ〜〜 あなた達? お部屋にゆきましょうね。 」
「 ウン! あ おとうさんは〜〜 」
「 おとうさんは〜〜 」
「 お父さんはね、 車をガレージに入れるの。 すぐに来ますよ〜
お蒲団の中で待っていたら ・・・ おやすみ〜〜 って来てくれるわ。 」
「「 うわ〜〜いい〜〜〜 」」
ぴんぴん跳ねるチビたちを フランソワーズは巧みに子供部屋につれていった。
「 ほな 博士 ・・・ リビングでお待ちを 」
「 ああ ありがとう、 大人。 ・・・ うん いい日じゃったなあ ・・・ 」
「 ― ただいま 〜〜 」
ジョーがガレージから戻ってきた。
「 おっと・・・ チビさん達がベッドでお待ちかねだぞ〜 父さんや・・・ 」
「 あ。 はい〜〜〜 ありがとうございます、博士 」
ジョーは玄関から直接子供部屋へと階段を上がっていった。
― 岬の家では 穏やかな一日が静かに幕を降ろそうとしている
「 じゃ〜な〜〜〜 ・・・・ ! 」
「 お〜〜〜 明日、 遅刻すんナ〜〜 」
「 そりゃてめ〜のこったろ〜〜 」
「 ぬかせ〜〜〜 はははは〜〜〜〜 」
「 は〜〜〜はは ははははははははァ ・・・ 」
呂律の回らない声が バカ陽気に挨拶を交わし ・・・ よれよれ若者たちがかえってゆく。
「 あ〜〜 そんじゃ 〜〜 な〜〜 」
タクアはますます呂律が回らず、 ふらふら歩いている。
ふぁ〜〜〜 んふぁんふぁん 〜〜〜 ♪♪
彼は酔う以前から も〜〜超ご機嫌さんだったから、しこたまアルコールを享受した後は・・・
もう完全に天に昇ってしまっていた。
「 う〜〜ん !! ああ ひっさびさに感動したなあ〜〜〜 ふひひひひ・・・ 」
終電を降りて人通りも減った道を、ゆらゆら揺れる足取りで辿る。
「 リハよりも全然さいこ〜だったぜ ・・・ あはははは ・・・・
カノジョ ・・・ 泣いてた よなあ・・・ やっぱかんど〜したんだろうな うん。
やっぱ オレらはさいこ〜のパートナーってことだよな〜〜〜 へへへへ ・・・ 」
― ガッタン。 やっとアパートに着いた。
「 ・・・ う〜〜 ・・・ あ〜・・・・ 寝ちまおう ・・・ 」
ばったん ・・・! 荷物もなにも放り出し。 一応は習慣で洗濯物だけは洗濯機に放り込み
タクヤはそのまま ベッドに倒れこんだ。
「 ・・・ オヤスミ〜〜〜 オレのジゼル〜〜♪ オレのふらんそわーずチャン♪
ふひひひ ・・・ 親父さんにもばっちり!点数加稼いでおいたしなあ〜〜 ふひひ・・・
次は〜〜 兄貴かあ。 ジョー って言ってたな〜 兄貴のことだよな、 うん ・・・
滅茶苦茶 ふらんそわーずのこと、大事にしてんだろ〜な〜 ・・・ うん きっとさ〜 」
「 ジョー兄さん! 」
「 おう、 よかったよ〜〜 お前、腕を上げたなあ〜 」
「 うふふふ ・・・ そう? 実はねえ〜 わたしもそう思うの! 」
「 こ〜ら、自分で言うな〜 ああでも感動したよ、これは本当さ。 」
「 メルシ♪ パートナーともぴったりだったでしょう? 」
「 ・・・ なかなか達者なヤツだったな。 」
「 わたし達ねえ 相性、いいみたい♪ 練習よりも上手くゆくって最高だわ〜〜 」
「 おい。 アイツと付き合っているのか。 」
「 え? ただの踊りのパートナーよォ〜 」
「 なかなか 礼儀正しい若者だったぞ? 」
「 パパ。 アイツと会ったんですか。 」
「 会った・・・というよりさっき挨拶してきたのさ。 」
「 ・・・ なんだってえ〜〜 この俺がいない時に! 」
「 ジョー兄さん! 彼はねえ 気を利かせてくれたのよ? 家族水入らずを邪魔しないって 」
「 ふん。 なんか下心丸見えじゃないか。 」
「 下心ってなによ。 タクヤはそんなヒトじゃないわ。 」
「 ヤツを庇うのか。 」
「 だって! 」
「 こらこら ・・・ いい歳をしてやめなさい、二人とも。 さあ帰ろう。 」
「 ・・・ はい。 さあ 乗って。 」
「 パパ ・・・ ジョー兄さんが ・・・ 」
「 フランソワーズ? ジョーはなあ お前のことが心配でならんのさ。 」
「 それは ・・・わかるけど。 でもタクヤは ・・・ 」
「 わかっとる。 お前達を信用しておるよ。 」
「 メルシ〜〜 パパ! 」
「 パパ ・・・ も〜〜 フランソワーズに甘いんだからなあ〜〜 」
「 ・・・ なんてよ〜〜 へへへ ・・・ 親父さんは味方につけた、よなあ ・・・
そんでもって ・・・ 清く・正しく・ウツクシい・交際 を続けて だなあ〜
ふぁ 〜〜〜・・・・ ううう ・・・・ ああ もうダメだあ 〜〜 」
心身ともにシアワセ・満腹で タクヤは爆睡の海に沈みこんでいった ・・・
「 お早う〜〜 フラン ・・・ 」
「 あら 早いのねえ ジョー ♪ 」
朝陽がいっぱいのキッチンで当家の若夫婦は 朝っぱらからあつ〜〜いキスを交わす。
「 ふふふ ・・・ 疲れてない? 寝てていいよ、ぼくがやるから・・・ 」
「 元気元気よ。 なんだかとっても充実した気分なの。
コーヒーもおいしく淹れたし。 ゆっくり朝御飯しましょう。 」
「 実はさ、 ぼくもそう思って 大変珍しくも早起きしてみました♪ 」
「 うふふふ・・・朝のデートもいいわねえ? さあ どうぞ。 」
「 アリガト。 チビたちが起き出すまでがぼくらの時間さ。 」
「 博士はねえ、もうとっくにお散歩からお帰りになって食事も済まされたの。 」
「 ひえ・・ すごいなあ・・・ 」
「 冷えたオレンジとコーヒー・・・っていつものメニュウなんだけど・・・
そのまま研究室に直行。 すごいわねえ・・・ あの熱意にはアタマが下がります。 」
「 凄いのはきみも さ。 ぼくとしてはうれしいけど・・・ 」
ジョーは細君の白い手を握る。
「 うふ♪ 寝ているよりこうやってジョーと一緒の方がいいの。 ジョーの側にいたいの。
ああ・・・ 最高の朝だわ・・・ 」
「 昨日の踊り よかったよ〜〜 ホントに。 ぼくだって感動したもの ・・・
最後がさあ ・・・ すごくこう・・・ぐっと来たよ。 」
「 ありがとう ジョー。 わたしの中でもね、一区切り、という気持ちなの。
ねえ タクヤってステキでしょう? 」
「 タクヤ ? 」
「 やだ、 ほら昨日のパートナーよ。 アルブレヒトを踊ったヒト。 」
「 ああ あの浮気モノか。 」
「 いや〜ね、それは役の上での設定でしょう?
タクヤ自身はそんなヒトじゃないわ。 真摯な目をした ・・ いい子よ。 」
「 いい子、 ねえ ・・・ 子供があんな情熱的な目できみを見るかなあ〜 」
「 だから。 それは役の設定 なのよ。 アルブレヒトはジゼルを熱愛しているの。
タクヤ自身には恋人とかいるわよ ・・・ きっと。 」
「 ふ〜〜〜〜ん ・・・ そうかなあ〜〜 」
「 そうよ。 だってあのルックスだし若手ダンサーのホープだし。 」
「 ふ〜〜〜ん ・・・ それでフランソワーズ・アルヌールさんの批評は? 」
「 まあ ・・・ クスクス ・・・・ ええ ヤマウチタクヤは少々荒削りながらいい味を出していた。
高いテクニックと豊かな表現力、 あとは確実性が増すことを期待したい。 デス。 」
「 ・・・ なるほど。 で 質問ですが。
あの王子さんはど〜して あんな悲壮な顔できみと踊るのかな〜 」
「 え ・・・ ああ ジョーはお話、知らないのね。
あのねえ ・・・ わたしはタクヤと恋仲だったのだけど。 彼にはフィアンセがいたの。
それでわたしは裏切られたショックで死んでしまうのね。 」
「 !!! な なんだって〜〜〜 」
「 だから〜〜 劇中の設定よ、 ジョー。 それでね後悔と悲嘆に暮れてお墓に来た彼と
死後、精霊となったわたしは最後の踊りを踊るの。 」
「 フラン! 死ぬな! どうしてぼくを呼ばないんだ〜〜 」
「 ジョーってば落ち着いてよ〜〜 これは役の上での設定なんだってば。
それで ・・・ 夜明けの鐘とともにわたしは再び夜の闇へ、地の底へ・・・還ってゆくの。
さようなら もう会えない・・・ どうぞ 生きて。 あなたのおもうままに生きて ・・・
さようなら ・・・ あなた。 わたしの愛するひと ・・・ 」
「 フラン〜〜 ・・・・! だめだ だめだ 行かないでくれ! きみはぼくのものだ! 」
― むぎゅう。 島村氏は彼の夫人を朝食のテーブルの前で固く・固く抱き締めた。
「 ちょ ・・・ ジョー〜〜 これは ジゼル の設定なんだってば〜〜 」
「 うむ〜〜〜 それみろ、アイツは女に目のないタラシだぞ! 」
「 ・・・ ジョー。 まだ寝ぼけてる? 」
「 ・・・ は?? え あ あ ああ ・・・ そう かも ・・・ 」
「 もう・・・ 朝から寝ぼけないでくださいね〜〜 あら? すぴかが起きたみたい・・・ 」
「 え。 きみ、<聞いて>いるのかい? 」
「 い〜え。 ほら・・・足音よ。 」
「 ん? ・・・ あは ああ ウチのお嬢さんの足音だ。 」
「 ね? 」
タタタタタタタ タカタカタカタカタカ ・・・・ バンッ !
「 おはよ〜〜〜 !!! すぴかよ〜〜〜 」
トレモロの足音と一緒にリビングのドアが勢い良く開き ― 亜麻色のアタマが駆け込んできた。
「 おはよう すぴかさん。 あらあ〜 一人でお着換え、できたの? 」
「 うん!! ぱじゃま、むいでせーたー きた。 あ!! おとうさん〜〜〜 」
きゃわ〜〜〜・・・・・ 歓声をあげつつ、すぴかはジョーに飛びついた。
「 うわ〜〜〜 ははは ・・・ おはよう、すぴか。 」
「 おはよ〜〜〜 おとうさん〜〜 きょうはおやすみ? 」
「 今日は土曜日だろ。 お仕事はお休みさ。 」
ジョーはひょい、とすぴかを抱き上げるとそのままひょいひょいと肩車をした。
高いところが大好きなお転婆娘はもう〜〜 大喜びだ。
「 きゃわ〜〜〜い♪ え〜〜 おやすみのひっておとうさん、おねぼうだも〜ん 」
「 こら 暴れるな・・・ え ? ああ そうだったかな・・・
今朝はねえ、 皆と朝御飯が食べたいな〜っておもったのさ。 」
「 きゃい きゃい〜〜〜 ごはん〜〜〜 いっしょ〜〜 いっしょね〜 」
「 そうよ。 ほら すぴかさん、まずお顔を洗ってこなくちゃ。 」
「 は〜〜〜い♪ あ おかあさん、いってらっしゃい? 」
すぴかはジョーの肩から降ろしてもらうと、今度はフランソワーズの脚にぴと・・・っと抱きついた。
「 ううん。 今日はお母さんはおうちにいますよ〜 すぴかやすばるといっしょ。 」
「 おかあさん ばれえ おやすみ? 」
「 うん、おやすみ。 だから今日はず〜っとおうちよ。 」
「 きゃい〜〜〜〜♪ おかお、あらう〜〜 」
すぴかは歓声をあげつつ バスルームに飛んでいった。
「 あ ・・・ ぼく、見ててやるね。 服をびちゃびちゃにしちゃうからなあ〜 」
「 お願いね。 わたしはすばるを起こしてくるわ。 」
「 頼む。 」
すぴか ・・・ あんなに喜んで ・・・
やっぱりわたし・・・ウチにいる方がいいのかも ・・・
・・・ もっと もっと踊りたい・・・! 踊っていたい ・・・!
けど。 あのコ達と一緒に過せる時間は今だけ よね
ちょっと複雑な溜息を残して、彼女は子供部屋に登っていった。
ともあれ 島村さんち はいつもと変わらぬ・屈託のないほーむ・どらま が展開している。
「 う 〜〜〜〜 ・・・ イテ ・・・ うう〜〜〜 」
タクヤは バーに凭れ掛かり呻いていたが、そのままズリズリ・・・床に崩れおちた。
舞台明けの朝、バレエ団の稽古場はさすがに人が少ない。
タクヤは遠慮なく ダレダレしていた。
「 ・・・ う〜〜〜 ダメだあ〜〜 オレ ・・・ 」
「 よ〜〜 タクヤ。 」
「 ・・・・んん? ・・・ あ〜 おはよ〜 」
仲間が上から覗き込む。
「 へ〜〜 お前、来たの? 舞台明けに超珍しくね? 」
「 ・・・ ふん。 舞台っても勉強会じゃん ・・・ 」
「 けど お前がねえ〜〜 」
「 うっせ〜〜 オレはマジなの! ・・・ イテテ アタマが ・・・ う〜〜 」
「 ははは の〜みす〜ぎ 〜〜 」
「 ・・・ う ・・・ ううう ・・・・ 」
「 今朝は少ないぜ〜 クラス、余計にキツいかもな〜 ははは〜〜 」
「 ふん、 酒ヌキに丁度いいじゃん。 」
「 女子も〜 少ないな〜 」
「 ・・・ あ? ・・・っとだ ・・・ 」
タクヤは床で一応ストレッチもどきな姿勢をとりつつ、スタジオの中を見回した。
・・・ふ〜ん ・・・ 先輩方に ・・・ ユウコにトモエ ・・・
あ みちよチャンもいるか〜
・・・ やっぱ フランソワーズは休みっぽいな〜
家、遠いしな〜 ・・・うん、今日くらいは休め うん ・・・
ギシ ・・・ ようやく彼は真面目にストレッチを始めた ―
がアタマの中は相変わらずの別世界・・・
「 カンジのいい親父さんだったな〜 溺愛ぱぱ なんだろ〜な〜・・・
兄貴もさあ、妹命! ってカンジで ・・・ う〜〜ん こりゃ超難関だぜ 」
何が難関なのだか ・・・ 彼のアタマの中はどんどん話が進んでゆく。
「 ・・・で さ。 こう〜〜〜 びし!っと決めてゴアイサツとか行くじゃん?
湘南あたりのでっけ〜マンションかな。 うん、海とか見える一等地で ・・・ 」
「 ・・・ なあ オレ、ヘンじゃないか? 」
「 まあ どうしたの、タクヤ。 うふふ ・・・ スーツ姿、ステキよ〜〜 とっても・・・ 」
「 サンキュ。 う〜〜〜 緊張するゼ。 舞台の前よか心臓ばっくばく・・・ 」
「 ふふふ・・・大丈夫よ。 パパもジョー兄さんも無理解なヒトじゃないもの。 」
「 ・・・ う ん ・・・けどやっぱコレは〜 」
「 わたしがいるわ? わたしが一番の味方 でしょう? 」
「 ― ん。 」
「 とか言ってよ〜〜 二人でさ、親父さんと兄貴に会うんだよな〜〜
ウン! 男としての真剣勝負さ! こう〜〜〜 ガチ!っと 〜〜 」
ふひひひ ・・・ またまた怪しい妄想を展開し始める。
「 ― な なんですと? 」
「 で ですから。 お嬢さんを 僕にください! 」
「 このォ〜〜!! いきなりなんてことを! 」
「 ジョー兄さん! 乱暴はやめてちょうだい。 」
「 こら、ジョー。 落ち着け。 まずはちゃんと話を聞こうじゃないか。 」
「 ・・・ ふん。 事と次第によっちゃ 許さないからな! 」
「 パパ。 ジョー兄さん。 わたし達、真剣なの。
わたし達 ・・・ 舞台だけじゃなくて私生活でもペアを組みたいの。 ・・・ずっと・・・ 」
「 フランソワーズ ・・・ 」
「 フラン〜〜〜 お前、コイツに誑かされて! 」
「 違うわ! 彼は・・・とても誠実なひとよ! お兄ちゃん、どうしてわかってくれないの! 」
「 なんてよ〜〜〜 へへへ ・・・ オレ、一発っくらいなら殴られても〜 いっかな〜〜 」
「 ― 殴ってほしいわけ? 」
「 ああ いいなあ〜 ・・・ へ?? 」
かっきり目をあければ。 真上から睨んでいる顔が目に入った。
「 ・・・ クラス、始まるのだけど? 」
「 う うわあ〜〜〜〜 マダム! す す スンマセン〜〜 」
「 ・・・ 今朝、遅刻もせずに来たわね〜って褒めようかな とおもったけど〜〜 」
「 す スンマセン! 二日酔いで ・・・ははは 」
「 ― 皆 同じ! 私も明け方まで飲んでたわ。
さあ 〜〜〜 はじめますよっ ! 」
「 へ〜〜〜い ・・・・ 」
タクヤはのそのそ・・・いつものバーの場所についた。
「 はい おはよう。 昨日はお疲れ様でした。 それじゃ 二番から・・・ 」
ザザザ ・・・! バーについたダンサー達が一斉に二番ポジションを取った。
タクヤの楽しい妄想劇場は 途中で幕切れになってしまった らしい。
― この後 妄想だけでなく現実でもタクヤの恋物語は、一時中断となった。
タクヤは文化庁派遣の在外研修生になんとかひっかかったのだ。
フランソワーズは 勿論妄想などする気もないので、タクヤは実に宙ぶらりんな想いを
抱えたまま・・・ どたばたの日々が過ぎてゆく。
「 ・・・ う〜〜ん ・・・ 出かける前になんかこう・・・カタチにしたかったんだぁ〜〜 」
「 うん? なんだあ? 借金でもあるのか〜 」
「 ち ! 違う! なあ ・・・ 今 告ってゆくべきかな? 」
「 は?? ・・・オマエ、そんな真剣な相手、居たわけ? 」
「 え あ〜 ・・・まあ その ・・・ 」
「 ふ〜〜〜ん ふ〜〜ん ふ〜〜〜ん ・・・ 好きにすれば。 」
「 つめて〜じゃん〜〜 」
「 たった一年だろ〜? ソレで切れるならそれまでってことさ。 」
「 ・・・ く ・・・ ゥ・・・それもそ〜だ けど 」
「 今から一年後のこと、心配するか? 」
「 ・・・ そりゃ そ〜だけど 」
「 すぱっとケリつけて行ってこいって。 」
「 け ケリぃ??? 」
・・ う〜〜ん ・・・ タクヤの悩みは尽きない。 尽きないけど、時間は容赦なく過ぎてゆく。
そして所謂雑事もどどど・・・っと押し寄せてきた。 そんな訳で結局 ―
「 ・・・ あ〜・・・・ オレってほっんと ・・・ ヌケサク 〜〜 ★ 」
タクヤはぶつぶつぼやきつつ、空港の出発ロビーへと長い通路を歩いていた。
― なんとか荷物はスーツ・ケースに放り込み 今 ここまでやってきた。
「 ・・・ふぇ 〜〜 ・・・ ナンかもう終った気がする ・・・ 」
ぶつくさ言いつつも 本音はやはり期待いっぱい・夢いっぱいというところ。
レッスンだけじゃなく あの舞台も見たい、この公演も観たい ・・・と、
一年間の在外研修を 存分に活用する気、満々だ。
「 ― けど さ ・・・ う〜〜〜 やっぱ告っておくべきだった〜〜
オレのフランソワーズちゅわぁ〜〜ん ♪♪ 」
「 はい? 」
「 ? ・・・ ふぇ!?? 」
彼の目の前に 彼の女性 ( かのひと ) が ― 立っていた。
「 う ウソだろ〜〜〜〜〜 」
「 まあ なあに? ウソじゃありませんよ、 ムッシュ・ヤマウチ〜〜 」
「 へ? あ あ の ??? 」
「 ほうら ・・・ 手荷物。 ちゃんと持っていなきゃだめ。 」
「 あ ああ うん ・・・ けど フランソワーズ?? なんで。 」
「 ふふふ あのねえ、 ちょうど今日、うちの父も海外に出張なの。
ジョーと一緒に見送りにきたのよ。
それで ・・・ 西野君からタクヤの出発時間とか聞いて ― それで出現しました♪ 」
フランソワーズはにこにこ顔でタクヤの腕を引っ張る。
「 ほら ちょっと避けないと・・・ ここは大通りと同じよ? 」
「 え あ う うん ・・・ オレって国際線は初めてで さ 」
「 まあ そうなの? 頑張ってね! う〜んといろんなこと、見て学んで踊ってきて。 」
「 あ ああ ・・・勿論さ。 」
何気ない風を装っていたが タクヤの頬はだんだんと上気しゆく。
「 あの ね。 これ ・・・ 持っていって? 笑われるかもしれないけど・・・ 」
「 ?? 笑う? 」
フランソワーズは少し恥ずかしそうに小さな包みをタクヤに渡した。
「 父にも持たせたわ。 これ ・・・ チャームなの。 」
「 ちゃ〜む ・・?? 」
ぺりっと開けた袋には 彩錦の小さな袋 ― お護りが入っていた。
「 あ ああ! お護りか! うん ありがとう〜〜フランソワーズ! 」
「 そうそう・・・おまもり と言うのよね、 ジョーが言ってたわ。 」
「 うん。 ( へ〜〜 兄貴は結構日本文化に詳しいだなあ 〜 )
あ これ ・・・ 恋愛成就 !? 」
!? ひ ひえ〜〜〜〜 ・・・! もしかして もしかして もしかして!!
タクヤの心拍数はいきなり限界値に近く跳ね上がる。
「 うふ ・・・ だってタクヤは踊りが恋人、なのでしょう?
だから ・・・ タクヤのバレエへの恋が成就して・・・ 凄いダンサーになれますように・・っておもって。 」
タクヤはじ〜〜〜〜〜〜っとフランソワーズを見つめているが ― 耳はな〜〜んにも聞いちゃいない。
・・・ ってか、のぼせ上がって聞こえていない。
「 ・・・ サンキュ! すごく嬉しい 大切にするよ! 」
「 うふふ ・・・ 喜んでくれて嬉しいわ。 もっともっといいダンサーになって帰ってきてね。 」
< タクヤの帰りだけを待っているわ > というフレーズがタクヤの心の中では
勝手に追加されていた ・・・
「 おう。 任せとけって。 フラン ・・・ 待っててくれよな? 一年 ・・・ 」
「 ええ ええ。 スタジオの皆で楽しみに待っているわ。 」
「 ん! ・・・ ごめん ・・・! 」
「 え? 」
タクヤは彼女の左手を取り上げると 薬指付近に口付けをした。
「 ・・・ まあ ・・・ ふふふ・・・ 行ってらっしゃい、ムッシュウ・ヤマウチ。 」
「 ありがとう〜〜〜 ありがとな〜〜 フラン〜〜〜♪ 」
「 元気で・・・身体に気をつけてね! あ〜〜 飲みすぎちゃダメよ〜 」
「 ははは ・・・ 心配するなって。 ( ふふふ〜〜ん♪ カノジョとしては心配だよなあ )
あ ここでいいよ。 もう帰りなよ。 」
「 え でも ・・・ 」
「 帰りとか混んで大変だろ? 」
「 ジョーの車で来たから平気よ。 」
「 ん ・・・ でも ここで。 じゃ、イッテキマス。 」
「 はい。 行ってらっしゃい。 ・・・ ちゅ。 」
フランソワーズは ちょっと背伸びをするとタクヤに投げキスをした。
「 おお サンキュ♪ ( ひゃあ〜〜〜 やったぁ〜〜〜 ) 」
タクヤは一見余裕の笑みで受け取り じゃあ・・・と 踵を返し出発ロビーへと歩んで行った。
・・・ ニヤニヤ顔を懸命に引き締めつつ ・・・
「 ・・・ ふう ・・・ 行っちゃった ・・・ 本当に大丈夫かしら。
大人ぶって手にキスなんかしてくれたけど ・・・
なんだか心配ねえ ・・・ すばるが遠足に行った後みたいな気分だわ。 」
< 現役・お母さん > は心配そう〜〜な視線で彼の後姿を見送っていた。
《 フランソワーズ? どこにいるのかな〜〜 》
「 わ ?? あ ・・・ びっくり〜〜 急に脳波通信、しないでね〜 ・・っと ・・・
《 あ ジョー。 ごめんなさい、すぐに行くわ〜 》
《 はいはい ず〜〜っと待っているのですけどね〜 》
《 ごめんなさ〜〜い ・・・ 今晩、ハンバーグにするから♪ 》
《 お♪ ハンバーグ大歓迎〜〜〜♪ 》
《 はいはい 》
ふう・・・ 誰かさんもすばると大して変わらないわねえ・・・
小さな吐息 ― それは幸せすぎて漏れてしまったのかもしれないけれど ・・・ を残して
フランソワーズはパーキングの方向に歩き出した。
「 ・・・ タクヤ。 頑張ってね。 いつか また ・・・ 踊ってくれるかな。
こんなオバチャンのことは忘れてしまうかもしれないけれど ね ・・・ 」
ひゅるん ・・・ 世界へと続く空からこの地へ冬を告げる風がおりてきていた。
シュ ・・・ トン ! シュッ ・・・・・ タッ。
宙に跳んで ― 二回転し綺麗に着地した。
「 ふん ・・・ ウォーミング・アップだからなあ〜〜 こんなモンか ・・・ 」
タクヤはタオルをとってごしごし顔を擦る。
「 ふ 〜〜 ・・・・ やっぱなあ 寝坊ってマズったよなあ・・・ 」
よ・・・っとタオルをバーへ放り投げ 肩をぐにぐにと回す。
ふ 〜〜〜 ・・・・ もう一回大きな溜息が漏れた。
今 スタジオには彼しかいない。 壁を隔ててかすかにピアノの音が流れてくるが
この部屋はしん・・としている。
つまり彼はレッスンに遅刻して ・・・ 空きスタジオで自習をしているのだ。
「 やっぱココはいいな。 オレの稽古場ってカンジだし ・・・ そ〜れになったって
カノジョがいるもんなあ〜 フランソワーズちゅわ〜〜ん♪ 」
くりん、と腕を回してから 中央に立つと彼はピルエットの練習を始めた。
タクヤは海外研修から帰国して ― またこのバレエ団に戻ってきた。
「 ふふふ〜〜ん♪ ちゃ〜〜んと待っててくれたもんなあ〜〜 ふふふ〜〜ん♪ 」
回転の練習をしつつ、彼はもう上機嫌で ついついハナウタまで歌ってしまう。
< カノジョ > は一年前と変わらぬ笑顔で迎えてくれた。
「 お帰りなさい! タクヤ〜〜 すごく元気そうね? 」
「 いえ〜ぃ♪ フランソワーズ〜〜 うん 元気元気〜 超〜〜元気♪ 」
「 ふふふ ・・・ いっぱい踊ってきた? いい舞台も観てきた? 」
「 おう〜目一杯 踊った! へへへ・・・ほとんどチケット代に注ぎ込んだよ〜 」
「 そうよねえ・・・ ねえ、 帰ってきたくなかったでしょう? 」
「 いや〜! 早く帰って フランソワーズと踊りたかったもんな〜 」
「 まあ〜 お世辞まで上手くなってきたの? 」
「 お世辞じゃね〜って! 」
「 まあ そうなの? メルシ、ムッシュウ 」
帰国早々のそんな遣り取りにタクヤは大いに期待を膨らましていた。
そう! これは現実のカノジョの笑顔! 妄想なんかじゃないのだ。
「 へへへ〜〜ん♪ フランは心変わりなんかしなかった♪ いいなあ〜〜あの笑顔〜〜
ネイティブ・パツキンびしょ〜じょ は掃いて捨てるほどいたけど〜?
フランほどのコはどっこにもいなかったもんなあ〜〜 ふふふ〜〜ん♪ 」
タクヤは荷物の中からMDプレイヤーを取り出した。
「 そ〜んでもって 『 眠り〜 』 だもんな〜〜〜♪
一年前の 勉強会・『 ジゼル 』 とはワケが違うゼ。 オレ様の研修成果をばっちり〜〜
そんでもって フランとのコンビをばっちり印象付けて! 」
イヤホンを填めて彼は軽く踊り始めた。
タクヤの帰国後の初仕事はバレエ団の定期公演での小作品集。
演目は 『 眠りの森の美女 』 より 第三幕 結婚式のパ・ド・ドゥ
パートナーは フランソワーズ・アルヌール
・・・ 彼は妄想の余地がないほど狂喜した ・・・ !
シュ ・・・・ッ ・・・・・トン ! シュ ・・・ッ タッ !
トゥール・ザン・レールが綺麗に決まる。 しかし彼は何回も繰り返す。
「 ・・・ ふ ん ・・・ もうちょっと確実性が増さないとなあ・・・
よ・・・っとォ〜〜 ・・・ ふ 〜〜〜 ・・・ うん? 」
何回目かを終えた時、 彼の視界のはじっこに小さな茶髪のアタマが写った。
はん? 見学のジュニアかあ?
・・・ いや あんなコ、いたっけかなあ・・・
見慣れない少年は開いていたスタジオの入り口から半分だけ顔をのぞかせ
それでも じ〜〜〜〜っとタクヤを見ていた。
遠目にも 目をまん丸にしているのがよ〜く判った。
ふふふ〜ん♪ オレ様の妙技にかんど〜したかい?
な〜んか可愛いガキんちょじゃん・・・
「 ・・・ おもしろいか? 」
タクヤは 入り口の少年に声をかけた。
「 !? ・・・ ん !!! 」
茶髪の少年は にこっと笑ってこくこく・・・頷いた。
「 入ってこいよ。 教えてやるぜ。 」
「 わ・・・!? 」
― こうして タクヤ と すばる は出会った。
( この辺りの経緯は 拙作 『 王子サマの条件 』 をどぞ♪ )
そ 〜〜 し 〜〜 て♪
このコはわたしの息子♪ え? もう10年も前に結婚しているわ。
彼の想い人は 出会った時と寸分も変わらぬ愛くるしい笑顔でそうのたまったのだ・・・!
が び〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ん ・・・・・! ― 世界崩壊★
ガラガラガラ ・・・・・ タクヤの妄想世界が音をたてて崩れてゆく。
「 あ ・・・ そ そうなんだ ・・・ ? 」
「 このコはねえ、双子の片割れなの。 」
「 ふ ふたご ?? 」
「 うん! 僕とすぴか、双子なんだ〜〜 ね〜〜お母さん♪ 」
「 ね〜〜♪ タクヤ、すばるの相手をしてくれて本当にありがとう〜〜
で 『 眠り〜〜 』 がんばりましょうね♪ 」
「 え あ ああ ・・・・ 」
「 お兄さん? 」
「 ・・・ うん? 」
少年はセピアの瞳をくりくりさせつつ ・・・ タクヤの耳元でささやいた。
「 やくそく、 まもるからね〜〜 すきなおんなのこ と むぎ茶、のめるといいね〜 」
「 ・・・ あ? あ ああ ・・・ うん ・・・ ははは ・・・ 」
「 じゃね〜〜 タクヤお兄さ〜ん♪ おうじ様、がんばって〜〜 」
ひらひら手を振って少年は母の後を追って駆け出した。
「 あ・・・ あのさ〜 すばる。 ジョー って ・・・? 」
「 え〜〜 なに? ジョー は 僕のお父さんだよ〜〜〜♪
僕たちのね〜 おとうさん と おかあさん はね〜〜 らぶらぶ なんだ〜〜〜 じゃね〜 」
「 あ は ・・・ じゃ な ・・・ 」
― ペタン ・・・。 タクヤは誰もいなくなったスタジオで思わず座り込んでしまった。
定期公演は無事に終わり ・・・ そして息つくヒマもなく次の予定が発表される。
「 え〜と・・・ 次は ・・・ 」
フランソワーズはメモを持ちつつ掲示板の予定表をじ〜っと見つめていた。
「 おはよ〜〜 フラン〜〜 」
「 あら おはよう、みちよ。 ねえねえ もう次の予定が出てるのよ〜 」
「 ひえ・・・ 相変わらずだね、ウチのカンパニーはさあ〜 」
「 こんなに忙しいって思わなかったわ〜 」
「 ふふふ ・・・私らのレベルってコキ使われちゃうね〜
フランってば タクヤとの 『 眠り〜 』 評判だったから さあ 余計に大変かも〜
次のタクヤと組むの? 」
「 え〜と ・・・ ちがうみたい。 タクヤは ・・・ あら? 」
「 なに? 」
「 キャスティング されてない ・・・ かも ・・・ 」
「 え〜〜〜〜 ??? あ。 コンクールとか? ほら海外の 」
「 ああ そうね きっと 」
「 それが 出ないって言うのよ!! 」
突然 二人の後ろから 声が飛んできた。
「「 は??? え あ マダム ?? 」」
フランソワーズもみちよも びっくりして振り返る。
カンパニーの主宰者であり指導者でもあるマダムが 腕を組んで立っていた。
「 ― ねえ フランソワーズ。 ちょっとあのボウヤを説得してくれない? 」
「 え。 わ わたしが ですか? 」
「 ええ。 貴女の言う事なら耳を傾けると思うの。 」
「 そうでしょうか・・・ 」
「 請合うわ。 あのボウヤ、 フランソワーズ・アルヌール嬢 にベタ惚れだったのよ〜 」
「 え。 まさか ・・・ 」
「 あらあ〜〜 気がつかなかったの? で。 真実を知って大ショック ― らしいわ。 」
「 ・・・ え ・・・ ともかく話してみます。 」
「 お願い。 あのコはね、どこまでも駆け昇って行けるコなのよ。 」
「 ええ ・・・わたしもそう思います。 」
フランソワーズはさんざん探し回り ― さすがに < 眼 > は使えなかった ―
衣裳部屋のベランダで紫煙に塗れている姿を発見した。
「 ― タクヤ。 ここにいたの。 」
「 ・・・ フラン!? 」
「 ね 隣、 座ってもいい。 」
「 ・・・・・・・ 」
彼は無言で どうぞ・・・と手を拡げた。
「 あの ね。 マダムに聞いたのだけど。 タクヤ、貴方 コンクールに 」
「 ストップ。 わかってる。 それより聞いて欲しいんだ。 」
「 なあに。 」
ジュ ・・・ 彼はタバコを揉消した。 そして彼女を真正面からみつめる。
「 オレ。 フラン 君が。 君を あ ・・・ 」
ふわ・・・ 彼女の白い手が彼の手に触れた。
「 ねえ? この手が 好きよ。 いつだって 的確にサポートして誰よりも高くリフトしてくれる ・・・
でも
わたしのための手 じゃないわ。
この脚にも 驚愕しているわ。 ねえ、 タクヤ自身のために使うのよ。 」
「 フラン! オレ 本気で きみが 」
「 ダンサー として尊敬し愛しているわ。 ありがとう! こんなおばちゃんと組んでくれて。 」
「 そ、そんなこと、言うなよ! 年齢 ( トシ ) なんて関係ね〜だろ!
フランはオレの・・・オレのベスト・パートナーだ。 」
つい ・・・と彼女は彼の手を離し 空を見上げた。
「 ねえ? わたし ね。 事情があって ・・・
もう一度、絶対にもう一度 踊るんだ! ・・・って。 その気持ちだけで、
その気持ちだけを支えに生きていた時期があるの。
そうね ・・・ もし踊りがなかったら わたし。 あの時に死んでいたかもしれない。 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 でも でもね。 必ずもう一回、踊るんだ! って ・・・ 生きてきたの。
だから 踊ることは止められない。 こんなオバチャンになっても ね。
結婚して子持ちになっても 止められないの。 」
「 フラン ・・・ 」
「 この気持ち、 わかるでしょう? 」
タクヤは無言で 何回も頷いた。
「 ・・・ ジョーは。 わたしの気持ち、理解はしてくれているけれど ・・・
肌で判っているわけじゃない。 感覚で同感することはできない。
この気持ちを本当に共有してくれるのは 踊りの魔法に絡めとられた・・・
そうね、 赤い靴を履いてしまった人だけ だわ。 」
「 フラン。 オレも ― 履いているよ。 」
「 そうよ。 タクヤ。 貴方は 誰よりも優れた靴を履いてしまったの。
だから 踊るの。 踊らなければいけないわ。 いつか・・息絶えるまで。 」
「 だから オレ 君と 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワーズは黙って首を振った。
「 タクヤに相応しいヒトは ― これから見つけるのよ。 世界を舞台にして ね。 」
「 オレは ― 」
「 誰かを想うって 素晴しいことよね。 その気持ちだけで生きる勇気も湧くわ。
そんな女性 ( ひと )、 タクヤを待っているわ。 」
「 ・・・ オレは ・・・ 」
「 わたしの舞台での想い人は タクヤ。 貴方だわ。 」
「 フラン ・・・ ! 」
「 頑張ってきて。 ・・・そして・・・いつかまた ・・・ 踊ってくれる?
こんな子持ちのオバチャンだけど ・・・ わたしがまだ踊っていられる間に ・・・ 」
「 !!!! 」
タクヤは黙ってぶんぶん・・・首を縦に振る。
「 ありがとう ・・・ 感謝と敬意と・・・そしてダンサーとしての愛を♪ 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ あ ・・・! 」
フランソワーズは身を屈めると タクヤの頬にこそ・・・っとキスを落とした。
その後 ― タクヤは海外のコンクールで賞を取り、大活躍が始まる。
彼の <想い人> とも多くの作品を踊り やがて活躍の拠点を海外のバレエ団へと広げた。
勿論 休暇には飛んで帰ってきたし、 すばるやすぴかとも仲良しになり ・・・
山内拓也 は ジョーが最も真剣にヤキモチを妬いた対象となったのである。
ねえ あなた。 誰かを想っているってとてもとてもステキなコトよね?
******************************* Fin. *******************************
Last
updated : 20,11,2012.
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・・・とまあこんな具合なわけで。
タクヤ君って いいヤツなんだなあ〜と今更ながらに思ってマス
すばるもすぴかもタクヤお兄さんとは大人になっても仲良しです。
珍しくも ラスト・シーンが一番最初に浮かんだハナシです。